歌舞伎役者の中村七之助さん(41歳・2024年6月10日現在)が京都宮川町の駒屋の芸妓(芸子・芸者)「とし真菜(としまな)」さんと真剣交際中と報じられました。
とし真菜さんのことを調べていくうちに、同じ置屋・京都宮川町の駒屋に「とし夏菜(としかな)」さんという同じ年齢の芸妓(芸子・芸者)さんがいることがわかりました。
ふたりは舞妓デビューした日も近く、「とし真菜&とし夏菜」という名前から「宮川町のマナカナ」として大人気だったそうです。
今日は宮川町の芸妓(芸子・芸者)さんとして活躍中の「とし夏菜(としかな)」さんについて調べてみました。
とし夏菜(としかな)は京都宮川町駒屋の売れっ子芸妓(芸子・芸者)
とし夏菜(としかな)はとし真菜(としまな)同様、超美人
フェイスブックより
中村七之助さんの彼女・とし真菜(としまな)さんと姉妹のように仲が良いと言われているのが「とし夏菜(としかな)」さんという芸妓(芸子・芸者)さんです。
とし真菜さん同様、大変な美貌の持ち主。
とし真菜さんと「マナカナコンビ」として売り出し、舞妓(舞子)時代は二人そろってお座敷に呼ばれることも多かったそうです。
とし夏菜&とし夏菜「マナカナ」舞妓(舞子)時代
舞子時代のとし真菜さんととし夏菜さん
京都の宮川町の駒屋の芸妓(芸子・芸者)・とし真菜さん&とし夏菜さん。
とし夏菜(としかな)さんの舞妓デビュー=見世出しは2009年12月8日。
とし真菜さんの見世出しが2010年1月26日なので、二人が舞妓(舞子)になった日は1カ月半ほどの違いしかありません。
とし夏菜さんが仕込み(住み込み)を開始したのが2009年1月だったとのこと。
とし真菜さんが仕込みを開始したのも同じ2009年1月なので、ふたりはほとんど同時期に宮川町の駒屋で住み込み修行を始めたことになります。
親元を離れ、10代の若さで京都の置屋で同時期に生活を始めた二人は、大変な修業時代から苦楽を共にしてきた親友同士であり、姉妹以上の絆で結ばれているのだと思います。
とし夏菜&とし真菜の経歴を表にしてみた
衿替えして芸妓になったとし真菜さんと舞妓のとし夏菜さん
とし真菜さんととし夏菜さんの経歴をわかりやすく表にしてみました。
おふたりとも京都の宮川町「駒屋」の芸妓(芸子・芸者)さんです。
とし真菜(としまな) | とし夏菜(としかな) | |
仕込み開始 (住み込み修行を始めた日) | 2009年1月7日 | 2009年1月 |
見世出し (舞妓デビュー日) | 2010年1月26日 | 2009年12月8日 |
衿替え (舞妓から芸妓になった日) | 2013年3月7日 | 2014年2月6日 |
稽古 | 三味線(長唄、清元)、お琴、お茶、お囃子 | 笛、舞、お茶、三味線、胡弓 |
仕込み(住み込み開始)したのも同じ月、舞妓(舞子)デビューは1カ月半の違い。
舞妓(舞子)さんから芸妓(芸子・芸者)さんになったのは、とし真菜さんが11カ月ほど早かったようです。
そのため、「芸妓のとし真菜&舞妓のとし夏菜」という珍しいツーショット画像がありました。
とし真菜さんは小柄な女性のようですが、画像ではとし夏菜さんのほうがかなり身長が高く写っています。
舞妓(舞子)さんは約10センチもある高下駄を履くため、実際の身長よりもかなり背が高くなってしまいます。
そのため、とし真菜さんととし夏菜さんの身長差がすごいことになっています。
とし夏菜(としかな)の年齢は?京都宮川町駒屋の芸妓(芸子・芸者)
インスタグラムより
京都宮川町の美貌の芸者・とし夏菜(としかな)さんの年齢は非公開となっているようです。
今回、調査をしていたところ・・・
2011年2月に「18歳のとし夏菜さんをお座敷に呼んだ」という人のブログ記事を発見しました!
また、ある企業さんのインスタグラムで「とし夏菜さんの誕生日は11月29日」と判明!
そのことから、とし夏菜さんの生年月日が1992年11月29日と特定できました。
現在(2024年6月10日)のとし夏菜(としかな)さんの年齢は31歳ということがわかりました。
とし夏菜(としかな)の本名は?京都宮川町駒屋の芸妓(芸子・芸者)
とし夏菜の本名は?
インスタグラムより
中村七之助さんの彼女・とし真菜(としまな)さんと「マナカナコンビ」でとても仲が良いとし夏菜(としかな)さん。
とし夏菜さんの本名は、とし真菜さん同様、わかりませんでした。
やはり、花街の女性たちは本名を名乗らないことで「神秘的」でファンタジーな存在になるのかもしれません。
「とし夏菜(としかな)」の名前の由来は?
インスタグラムより
とし夏菜(としかな)という名前はどのようにして付けられてのでしょうか?
調べていくと、とし夏菜さんは子供のころからフルートを習っていたそうです。
「フルートを奏でるのが好き」だったことから「かなでる」から名前をとって「夏菜(かな)」という字をあてたそうです。
とし夏菜さんの1か月半後に舞妓デビューする「とし真菜」さんとマナカナコンビになるのも、先に舞妓デビューしたとし夏菜さんの名前が「カナ」だったことに由来しています。
最初から「マナカナにしよう!」と狙って名づけられた訳ではないことがわかり、なんとも面白いなと思いました。
とし夏菜(としかな)の出身地は?京都宮川町駒屋の芸妓(芸子・芸者)
きものとより
京都宮川町駒屋の売れっ子芸妓(芸子・芸者)のとし夏菜(としかな)さんの出身地は静岡県です。
中学を卒業したらすぐに舞妓(舞子)修行を始める人が多い中、とし夏菜さんは高校に進学しています。
子供のころから習っていたフルートで高校に進学したというのですから、その腕前はかなりのものだと思います。
とし夏菜(としかな)は「異色の経歴」の持ち主!京都宮川町駒屋の芸妓(芸子・芸者)
とし夏菜が舞妓(舞子)になったきっかけはポスターだった
高校時代にオーストラリアに短期留学していたというとし夏菜さん。
そのときのホストマザーに「自分の国をよく知って、もっと愛国心を持ちなさい」と言われたのだとか。
その言葉が頭に残っていたというとし夏菜さん。
ある日、日本語教室に掲示されていた「芸舞妓ポスター」が目に留まり、それを見て「真の日本人(=舞妓)になろう!」と決意したのだそうです。
とし夏菜は舞妓になるのを両親に大反対された
インスタグラムより
とし夏菜さんは「舞妓になりたい」とご両親に打ち明けたそうです。
ご両親の大反対にあい、説得に一年かけても同意してもらえず・・・
とし夏菜さんは勝手に調べた問い合わせ先に連絡し面接してもらって、一週間後には京都へ来てしまったそうなのです。
とし夏菜さんの置屋=屋形(やかた)のお母さんが『世界一の笛吹きにさせます!』と、とし夏菜さんのご両親を説得しようやく舞妓の修行=仕込みをスタートさせることができたそうなのです。
舞妓の仕込みは、通常は踊りからスタートするらしいのですが、「世界一の笛吹き」になるためにとし夏菜さんは笛のからスタートしたそうです。
その甲斐あって、舞妓(舞子)時代に先代の市川團十郎さん(今の團十郎さんのお父さん)の前でフルートを披露する機会があり、『認めてもらえる日が来るから、それまで辞めないでくれ』と温かいエールをもらったそうです。
とし夏菜(としかな)は宮川町駒屋の妹芸妓や舞妓たちの「姉貴分」として慕われている
インスタグラムより
とし夏菜(としかな)さんは今では宮川町駒屋の「姉貴分」として仕込みさん(舞妓修行中の女の子)や舞妓さん、妹芸者たちの指導にもあたる立場なのだとか・・・
自分自身の経験から、娘さんを屋形に預けてくださる親御さんには『帰りたいと泣き言を言ったときに帰っておいでと言ったら諦めることを覚えてしまうので、それだけは止めてください』ってお伝えするようにしています。
やりたいって言うたことは、頑張ってやり遂げてほしい。
そのためやったら、頭を下げるのは苦でも何でもありません
きものと
とし夏菜さんは次の世代の花街の後継者を育成し、日本文化のすばらしさを世界に向けて発信していかれることと思います。
超美人で笛の達人のとし夏菜(としかな)さんのこれからの活躍に注目です!