八村塁の両親は?父親はベナン人&母親は日本人・両親の身長は超普通だった

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昨日(2024年7月10日)パリオリンピックに出場するバスケットボール男子日本代表の選手たちが記者会見を行いました。

アメリカNBAのロサンゼルスレイカーズに所属している八村塁選手は東京オリンピックに続き2度目のオリンピック出場となります

「東京オリンピックの思いを込めてパリオリンピックで戦いたい」と抱負を語った八村塁選手。

これまでの八村塁選手の数々のインタビューを拝見していて思ったのは「謙虚な姿勢や思慮深い人柄がうかがえ、めちゃくちゃ素敵な人だな」ということです。

八村塁選手の人柄はご両親の影響なのかな?と思い気になったので調べてみたら、父親がアフリカのベナン人、母親が日本人ということが判明。

どのようなご両親なのか、家族構成は、どんな家族だったのか、兄弟姉妹は何人なのか・・・など、八村塁選手の家族について調査してみました。

目次

八村塁は記者会見でパリオリンピックへの意欲を語った

昨日(2024年7月10日)に行われたバスケットボール日本代表の記者会見で八村塁選手はパリオリンピックへ向けての抱負を語りました。

2回目のオリンピックということで僕もすごい楽しみですし、こうやってまた日本代表としてチームでやれることを誇りに思います。
その中で僕がアメリカでNBAでやってきた経験を、チームメイト、そして日本の皆さんに見せられること・・・
オフェンスでもディフェンスでもプレーで引っ張っていけたらいいなと思います。

八村塁はハーフ?両親はどこの国の人?

八村塁の父親はベナン人のザカリ・ジャビルさん

2019年NBAドラフト・八村塁選手&父親のザカリ・ジャビルさん

八村塁選手の父親の名前はザカリ・ジャビルさん、ベナン人です。

ベナン共和国はアフリカの西側に位置する国です。

面積は日本の3分の1程度、人口は1335万人程度(2022年)の小さな国です。

公用語はフランス語です。

ザカリ・ジャビルさんはベナン共和国から日本にやってきた3番目の人だったそうです。

ウラピヨ

ちなみにベナンから4番目にやってきたのがゾマホンさんだったらしいよ

八村塁選手の父親・ザカリ・ジャビルさんは元・バスケットボール選手だったそうです。

八村塁選手も

運動能力や身体能力は父からだと思う

とインタビューで話されていました。

7か国語(スワヒリ語、英語、フランス語、日本語など)を話せる八村塁選手の父・ザカリ・ジャビルさんは、学生時代に奨学金を受けてカイロ大学に留学していた秀才です。

ウラピヨ

小池百合子さんが卒業したかどうか話題になったあのカイロ大学なんだ!!
八村塁選手の父親はベナンの国費留学生なので間違いなく通っていたと思われるよ

ザカリ・ジャビルさんは、以前は居酒屋で勤務していたという話も出ていますが、詳細は不明です。

八村塁の母親は富山出身の日本人・八村麻紀子さん

2019年NBAドラフト・八村塁選手&母親の麻紀子さん

八村塁選手の母親は富山県出身の八村麻紀子さんです。

八村塁選手はベナン人と日本人とのハーフということがわかりました。

八村塁選手の母・麻紀子さんはニュージーランドに留学経験があるそうで、英語とフランス語が話せるそうです。

八村塁選手が日本にいた頃は、語学のスキルを活かして外国語教師をしていらっしゃったようですが、現在も続けていらっしゃるかどうかは不明です。

富山の田舎町で八村家のハーフの子供達は人目を惹く存在だったそうです。

僕達しかハーフの子供はいなかった

と八村塁選手も話していらっしゃいました。

日本人とは違う外見だったため、よその子にからかわれたりすることも多かったそうです。

そんな子供たちを守るために、母・麻紀子さんは県営住宅の草むしりや清掃などの共同作業には必ず参加していたそうです。

八村塁選手の母・麻紀子さんが近所づきあいもしっかりとこなしていたことから、近所で八村家のことを悪く言う人はひとりもいなかったそうです。

八村塁選手は、母・麻紀子さんから勤勉さと周囲との調和を図る姿勢を譲り受けられているのだと思います

八村塁の両親の馴れ初めは?

八村塁選手のご両親、ザカリ・ジャビルさんと八村麻紀子さんの馴れ初めに関して調査してみましたが、残念ながらわかりませんでした。

八村塁選手の父親ザカリ・ジャビルさんが居酒屋で勤務していたという話がありますので、お店で出会った可能性も考えられます。

来日したばかりで日本語が不自由だったザカリ・ジャビルさんが、何か困っているときに流ちょうに外国語を話せる麻紀子さんが助けてくれるようなことがあったとするならば、ザカリ・ジャビルさんにとって麻紀子さんが特別な人になるのは当然のなりゆきだったのではないかと予想されます。

八村塁の勝負服は両親への愛が詰まっていた

八村塁の勝負服・両親の故郷日本とアフリカが描かれた裏地だった

2019年6月20日(日本時間6月21日)、アメリカのニューヨークで行われたNBAのドラフトで、八村塁選手は日本人として初めて1巡目の全体9位でワシントン・ウィザーズから指名を受けました。

この日、八村塁選手が着用していたジャケットは「勝負服」だったそうです。

ワインレッドのジャケットの裏地のデザインが左右で異なっていたのです。

ジャケットの裏地の柄は、八村塁選手の両親の出身地(父親ザカリ・ジャビルさんの故郷アフリカ&母親・八村麻紀子さんの祖国である日本)をイメージしたデザインになっていました!

僕は日本人とベナン人のハーフとして、日本でずっと育ってきて、それが一番のアイデンティティです。
それをしっかりスーツに込められればと思いました

ジャケットの襟には日本の国旗のピンブローチも付けていました。

八村塁選手は「おまもり」のように両親の祖国が描かれた服に身を包んで、一世一代のNBAのドラフトに臨んでいたのです。

八村塁は両親への感謝の言葉を述べていた

本当に夢みたいでした。
不思議な感覚でした。
家族が周りにいましたが、不思議な感覚になりました。
お父さん、お母さんをはじめ家族はサポートしてくれたので、本当に感謝の気持ちを伝えたいと思います

ドラフト後のインタビューでも両親や家族に対する感謝の言葉を述べていた八村塁選手。

ご両親を心から大事に思い尊敬しているんだな・・・と感じました。

この日、母親の麻紀子さんは

ほっとしました。
塁が嬉しそうにインタビューに答えている姿を見て「希望の球団に入れたのかな」と思い安心しました。
周りの人たちに気を配れる人間になってほしい

と話されていました。

八村塁は4人きょうだい(兄弟姉妹)の一番上の子供だった

八村塁は4人きょうだい(兄弟姉妹)

2015年全国高等学校選手権大会表彰式の様子

八村塁選手のご両親は4人の子宝に恵まれました。

長男:八村塁(はちむらるい・26歳)

次男:八村阿蓮(はちむらあれん・24歳)

長女:八村安美菜(はちむらあみな・22歳もしくは23歳)

次女:八村まり

※年齢は2024年7月11日現在

八村家の一番年上の子供が八村塁選手です。

ちなみに八村塁選手の弟・阿蓮さんもプロのバスケットボール選手で、現在は群馬クレインサンダーズに所属しています。

妹の八村安美菜さんもバスケットボールをしていたようで、高校生の時は全国大会にも出場しています。

八村塁選手の弟・八村阿蓮選手についてはこちらの記事をご覧ください↓

八村塁選手のきょうだい思いの優しい兄だった

中学時代の八村塁選手

八村塁選手は、弟や妹には本当に優しかったそうです。

中学時代のバスケットボールのコーチ・坂本譲治さんは・・・

(八村塁選手の)練習が遅くなると、塁のお母さんがいちばん下の妹を連れて迎えに来ていました。
塁はいつも、妹の手をつないで帰っていた。
中学生の友達の前で妹と手をつなぐなんて照れくさいと思うけど、あいつは妹の歩幅に合わせて、ニコニコ笑いながら帰っていましたよ

と、当時の八村塁選手のきょうだい関係について話されていました。

また、周囲の日本人とは違うハーフ特有の外見で弟や妹がいじめられたこともあったそうです。

そんな時には

僕が守っていました

という八村塁選手。

弟や妹たちにとっては、めちゃくちゃ頼もしいお兄ちゃんだったことと思います。

また、2018年9月に行われたワールドカップアジア予選のときのことです。

イラン戦の日が一番下の妹・まりさんの誕生日でした。

試合終了後に客席で観戦していた妹・まりさんのために、ハッピーバースデーを観客とともに歌ったそうです。

八村塁選手、妹思いの素敵なお兄ちゃんなのね

八村塁の両親の身長はそれほど高くないことが判明

2015年全国高等学校選手権大会表彰式の様子

この画像を見ると、意外なことに八村塁選手の両親の身長がそれほど高いわけではないことがよくわかります。

八村塁選手の身長が203cmなので、父親のザカリ・ジャビルさんの身長は170~175センチの間くらいのように感じます。

母親の麻紀子さんはさらに小柄なので155~160センチくらいなのではないかと思われます。

両親ともにそれほど高身長ではないのに、なぜ八村塁選手も弟の八村阿蓮選手もこんなに背が高いのでしょうか?

バスケットボールの飛んだり跳ねたりで骨の成長が促されて身長が爆伸びしたのか、もしくはおじいちゃんやおばあちゃんなどの身長が高く隔世遺伝で背が伸びたのか・・・

八村塁選手の「203センチの身長」の理由はこれだと断定できません。

しかし、この家族写真を見た時に八村塁選手のご両親の身長が平均的な高さだったことに驚きました。

八村塁の両親は離婚したが今でも一緒に行動している

八村塁の両親は中学生のときに離婚している

八村塁選手の両親は八村塁選手が中学生の時に離婚しています。

離婚の理由は「家庭の事情」と書かれている報道を見つけましたが、詳細は不明です。

ご両親が離婚した後も、子供たちは父親にも普通に会っていたようです。

そのため、高校時代に八村塁選手と弟の阿蓮選手がバスケットボールの大会で全国優勝した際も夫婦そろって観戦していらっしゃいます。

八村塁は母親の手伝いをする孝行息子だった

インターバスケットより

初村塁選手の父親と母親が離婚した時は、八村塁選手の一番下の妹さんはまだかなり小さかったはず・・・

母親の麻紀子さんは4人の子供のシングルマザーとしてさぞかし大変な思いをされてこられたことと思います。

近所の人の話として

塁くんが小学生のときから住んでいたのは、3LDKの県営住宅。
塁くんの下には、弟1人と、妹が2人。
幼いころ、お米や野菜などを一生懸命抱え、お母さんと買い物から帰ってくる塁くんの姿をよく覚えています

中学時代に八村塁選手の才能を見出した坂本譲治コーチも

ほかの保護者が試合を見に来ているなか、塁のお母さんは仕事や子育てで応援に来られず……。
塁はいつも寂しそうにしていました。
でも、彼は、“お母さんは弟や妹たちの面倒をみなきゃいけないから”と、我慢していましたね

忙しい母親にかわり、弟や妹たちの世話も率先して行っていたという八村塁選手。

弟や妹に対して、本当に優しいお兄ちゃんだったようです。

八村塁は父親とも良好な関係を築いている

2019年のNBAドラフトの会場で八村塁選手の両横には、父親ザカリ・ジャビルさんと母親・麻紀子さんが座っていました。

ご両親は離婚した後も八村塁選手の高校時代の全国大会決勝を一緒に観戦されたり、卒業式に一緒に参加されたりと、子供たちの節目節目の大事な時はご一緒に行動されているようです。

NBAのドラフトにも、八村塁選手の横に両親揃って着席されていました。

離婚された後も子供たちの父親&母親としての円満な関係は続いているのかなと思いました。

八村塁は両親の母国に敬意を持っている

八村塁はハーフであることを誇りに思っている

日本経済新聞より

日本の富山の田舎町で育った八村塁選手の両親はベナン人&日本人。

ハーフとしてとても人目を引いたと思います。

子供にとってはとても大変なことでした。
かなりきつい経験をしました。
あの町ではぼくたちは唯一の黒人家族だったと思います
ミックス人種の子供が日本で育つのは大変なことなのです。

特に日本は単一人種ですから

と、人種の違いで辛い思いをしたことがある経験を語っています。

しかし、バスケットボールを通じて自分に自信を持つことができるようになったそうです。

自分が自分であることはとても素晴らしいことで、バスケットボールを始めてから、自分は特別なのだと思い、自分を好きになり始めたのです。
ミックスであることは素晴らしいのだと思うようになりました。
黒人であり、日本人であることは、とても素晴らしいことなのです。
ぼくは自分が自分であることにいつも誇りを持っています

八村塁の信念「世界には人種は1つしかない」

インスタグラムより

両親の国が日本とアフリカで、ハーフの八村塁選手は「この世界には人種は1つしかない」と言っています。

人種が5個も6個もあるべきではない、この世に違う人種はないと思っていると・・・

ぼくは世界中の人間が1つになるべきだと感じています。
とても難しいことだとは分かっていますが、ぼくはこの世界には人種は1つしかないと考えています

ご両親の祖国・アフリカと日本という二つのルーツを持つ血が流れているハーフの八村塁選手は、「世界中の人たちがひとつになるべき」だと信念をもって話されていました。

周囲とは違う外見から人の影に隠れるようにしていた子供時代を振り返り、今、現在、当時の自分と同じような悩みを持つハーフの子供たちに対して

バスケットボールを始めてから、自分は特別なのだと思い、自分を好きになり始めたのです
みながバスケットボールをしなくても良いですが、子供たちが何か夢中になれるものを見つけてほしいと思います。

それが子供たちに言いたいことです

と話されていました。

八村塁にエアジョーダンには両親への思いが込められていた

八村塁選手は自分のエアジョーダンをデザインすることになった時に、自分のルーツである両親の祖国への感謝の念を込めました。

右足は日本をイメージしたそうで桜の花や日本画風の雲などをあしらっています。

八村の「八」をイメージしたロゴは母親の麻紀子さんがデザインしてくれたそうです。

「八」にサムライの刀を合わせて「H」(HACHIMURAの頭文字)にも見える素敵なロゴです。

左足は父親の祖国・ベナン共和国があるアフリカをイメージしたそうで、色使いやパターンなど、伝統的なアフリカの柄にしたようです。

自分のシューズをデザインすることができて、とてもうれしかったです。
自分の国と父の国を表現できました。
父は西アフリカのベナン共和国出身です。
ぼくは自分が自分であることにいつも誇りを持っています。
ぼくの半分は黒人で、もう半分は日本人なのです。
だから、ぼくの背景にあるその2つの文化をシューズに混ぜたかったし、それこそがぼくという人間を表現することでもあったのです

八村塁選手はハーフであることを心から誇りに思っていらっしゃいます。

両親に対する感謝の気持ちと、「自分自身のアイデンティティ」をエアージョーダンのデザインで表現されたのですね。

八村塁選手が両親への感謝の気持ちを込めてデザインしたエアージョーダンはこちらから買えます↓



【動画】八村塁が両親や家族への想いを語った

八村塁選手が両親の祖国へのリスペクトを込めてデザインしたエアージョーダンについて語っている動画です。

この動画の中で、両親への想い、家族への信頼などを語っていらっしゃいます。

ご両親のことを心から誇りに思い、家族を心から大事にしていらっしゃる八村塁選手。

パリオリンピックで日本代表として闘ってくれることに心から感謝です。

活躍を期待しています!

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